2.胃ろう(1)


 父は半年前に母が入院して以来、一人暮らしを続けていたわけで、毎朝自分で用意したご飯や味噌汁で朝食を摂ったあと9時すぎに歩いて10分ほどの我が家へやってきて、テレビなどをみて時間を過ごし、夕食、お風呂がすんだら自宅へ寝にかえるという生活をしていた。暑い夏の間もほとんどこのペ−スは崩れず、元気なものでも疲れやすい季節に大丈夫かなという心配などどこ吹く風といった按配だった。しかし、9月も半ばになり母の退院が話題になってきた頃から、言葉遣いが少し不明瞭な症状が出てきた。さらに食事の際、食べ物を飲み下しにくくなりそれは急速に悪化してしまった。
 はじめのうちは「夏の疲れが出たんじゃないの、えらい元気そうやったけど、今年の夏はわれわれでもしんどなるほど暑かったんやから高齢のおやじには相当堪えたんとちゃうやろか。まあしばらくしたらまた元気になるで」と、話していた。ところが良くなるどころか次第に症状はひどくなり、満足に食事が取れず、その結果当然のことながら体力も落ちてしまい、とうとう母が退院する直前には寝込んでしまった。
 かかりつけの医師によるとおそらく脳梗塞が原因の嚥下(えんげ)障害ではないかということで、とりあえず栄養補給のため点滴を打ってもらった。当初は病院まで連れて行って点滴を受けると一時的に元気が出て起き上がれるようになり、ご飯も食べることができたのだが、それも長続きせずそのうちお粥さえものどを通らなくなった。口にするのはわずかに病院からもらった缶入の高栄養食(カロリーメイトみたいなもの)を凍らせてシャーベット状にしたものを1/4缶程度(1缶250mlなので約60ml=60kcal)で、通常の点滴も限度があり、これでは体力が維持できるはずもなく入院することになった。

 こういう場合選択肢は、(1)経鼻的経管栄養補給(鼻からチューブを入れ胃に直接栄養を補給する)、(2)胃ろうによる栄養補給(手術によりお腹に胃へ通じるチューブを取り付け栄養剤や水分、薬を入れる)、(3)中心静脈栄養(心臓に近い太い静脈に固定した点滴用の管を通して栄養を送る)の3つある。医師の話では、父の場合はもし栄養剤が腸でちゃんと消化できるようであれば「胃ろう」の造設がいいのじゃないかとのことだった。体力さえ回復すれば自宅で介護をしやすいことが一番だと考えていたので3つの中では比較的素人にも扱いやすい(といわれた)胃ろうを選ぶことにしたのである。つまり(1)だとチューブの交換を頻繁にしたり、感染症を起こしやすかったりし、(3)だと1日中点滴していないといけなかったりするからである。
 もちろん「胃ろう」なんて言葉は生まれてはじめて聞くし、胃に穴を開けて管を通すなど、はじめはとても大変なことだと思ったのだが、説明を聞くうち家族でも簡単に扱え、普通の食事と同様に1日3回程度、約1時間ほどの時間をかけて注入するだけ、お風呂も入れるし身体を自由に動かすことだってできるし本人にとっても割と負担の少ないことが分かった。チューブの交換は半年から1年に1回ぐらいである。そのうち飲み込みのほうが少しでも良くなってくれば、チューブを抜くことだって簡単にできるのだ。さっそく母がお世話になっていた病院で手術を受けることにし、術後は胃ろうに身体がなれるのと体力の回復、つまりせめて自分でトイレぐらいはできるようにリハビリをしていただくようにお願いして入院となったのである。
 嚥下障害は単に食べ物や飲み物が飲み込みにくくなるだけではなく、のどの筋肉の複雑な動作ができないので誤って異物が肺の中に入り肺炎を起こしてしまう厄介なものだ。それでなくとも、人一倍食欲旺盛で食べることに楽しみを持っていた父には、ある意味他の重大な病気よりも辛かったかも知れない。
 入院してからは手術の日まで通常の点滴で栄養補給するため長時間ベッドに横になっていなければならず、当初は自分で起き上がってトイレに立っていた父も、さすがに高齢のせいか急速に足が萎えていき、はじめて大人用おむつの世話になってしまった。

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